沿革

Marutsu Story

1947

マルツの物語はここから始まりました。

マルツ電波が創業したのは昭和22年(1947年)のことでした。当時は戦後の混乱期にあり、食糧難で食べることも必死な時代でした。創業者である土谷歳男は戦争で徴兵され、終戦後2年間は福井に帰ることができなかったため、その間は妻・サクヲが家を守っていました。

 

一家6人を養うために、サクヲは名古屋の知人のところに出向いて電球やソケット、部品などを仕入れ、お米や食糧と物々交換するために商品を背負って近郷の農家を周り、生計を立てました。

 

また、電球だけではなくマイクロフォン(大きなカーボンマイク)なども仕入れ、子どもを連れて富山や石川の映画館や学校に飛び込み営業で売り込みに出向いたといいます。

 

こうした行商のほか、墨で「マルツ電波商会」と半紙に書いた紙を看板がわりに、畳一枚ほどの戸板に電球やソケットを並べて販売しました。

1955

誰も知らない仕事

昭和30年~40年代、高度成長期のなかで、テレビや冷蔵庫、洗濯機などの家電販売を軸にマルツ電波は大きく成長していきました。

県内の繊維会社や役場に出向いてアイロンや炊飯器といった家電製品の展示販売会を行い、それが飛ぶように売れていました。

 

福井の人々はもちろんのこと、集団就職により東北などから福井県内の繊維会社に働きに来ていた女性たちもたくさんの家電を購入していたのですが、それは故郷に帰る際に実家へお土産として持って帰るためでした。

 

今でこそ家電販売店は全国どこにでもあり、いつでも購入することができますが、昔は田舎には家電を売っているお店が少なく、家電のニーズに店舗数が追い付いていない時代でした。

~当時の商品~

  • 白黒テレビ

  • 洗濯機

1965

日本無線の代理店に

昭和40年に九頭竜ダム、昭和42年には真名川ダムの工事が始まりました。

この大規模工事に日本無線株式会社が関わっていることを聞きつけた靖彦と高島は荒島岳にテントをはり、山に数週間も待機して営業のチャンスをうかがいました。

日本無線株式会社との関係を築くため、必死で足がかりを探していたのです。靖彦が専務取締役に就任したころでした。

 

努力の甲斐あって、測定の仕事の下働きをすることになり、日本無線株式会社の担当者と顔なじみになっていきます。

福井県では昭和43年の福井国体に向け準備が進められていた時期で、国体の無線業者として日本無線株式会社が参入しており、靖彦はその仕事を請け負う代理店契約を狙っていました。

 

県内代理店には、すでに別企業が決まりかけていましたが、ダム工事現場でのマルツ電波の熱心な仕事ぶりに感心した担当者が日本無線の本社に紹介してくれたため、マルツ電波が代理店契約を獲得します。

必死の営業が功を奏した大逆転劇でした。

あちこちで公共事業関連の熾烈な営業合戦が繰り広げられていましたが、マルツ電波は辛抱強く地道に営業を続け受注を増やしていきました。

1991

流通革命

家電販売事業の撤退と新事業への挑戦

  • 順調に業績を伸ばしていた家電販売業ですが、平成3年の大規模小売店舗法緩和を受け大型量販店の出店が相次ぎ、価格競争が激化します。その影響から、家電の粗利率は徐々に降下し始めました。

     

    土谷秀靖(現社長)が入社したのは平成4年、ちょうど家電を取り巻く現状が変わり始めた時期でした。

    秀靖は福井県外の高校・大学に進学後、サンケン電気株式会社で経験を積んだ後、カナダに渡りました。

    早くから福井を離れ、物事を客観的にとらえる目を養い、経済の専門的な知識を学んでいた秀靖は、以前から家電事業以外の道を模索する必要性を感じていました。そのため、マルツ電波に入社すると同時に開発事業部を立ち上げ、新しい業務づくりに奔走し始めます。

  • まず取り組んだのが携帯電話事業でした。取引のある日本無線株式会社が携帯電話事業に参入していたこともあり、家電売り場の一角に携帯電話コーナーを設けてスタートします。

    やがてドコモショップ代理店契約の権利を獲得して、平成8年3月にドコモショップ文京店をオープンしました。

     

    携帯電話が急速に普及し始めたころで、この分野に将来性を確信していた秀靖は、文京店と同時に仙台店もオープンさせて県外へ進出します。

     

    そして翌年の平成9年には大野店、その後も勝山店、宮北店と次々に店舗を増やしていきました。

2007

新しい風

  • 2007年

    新エネルギー事業に着手

  • 2010年

    新社屋建設

  • 2017年

    もりもりバイオマス株式会社を設立

2020

これからの私たち

社長挨拶

私たちマルツグループはマルツ電波の1947年創業以来、時代の変化を読み取りながら、新しい価値を絶えず創造してまいりました。常に挑戦しながら事業領域を広げ、新たな付加価値を生み出すことで企業価値の最大化を目指し、企業の成長を図っています。

 

2020年にはマルツホールディングス株式会社を核に、マルツグループのノウハウを生かした新事業への挑戦を強化するほか、グループシナジーの創出に向けて取り組んでいます。こうした事業展開を通じて、これまで以上に地域社会を支えていきたいと考えております。

 

会社目標として「お客様満足度向上」を掲げ、お客様インタビューを取り入れるなどして、お客様満足度の向上に取り組んでいます。また、企業だけでなく働く社員一人ひとりの成長も大切にし、自己成長を感じながら生き生きと働ける企業を目指します。

 

これからも「信用」と「技術」をモットーに、売上拡大よりも質の向上を重視し、地に足をつけた経営で「信頼される企業」として歩んでまいります。

●株式会社マルツホールディングス 代表取締役社長

土谷秀靖

沿革一覧

1947年

マルツ電波商会として発足

1955年

家電販売業を開始

1967年

電気通信工事業を開始、一般建設業許可福井知事(ヲ)第2328号

1972年

株式会社マルツ電波に社名変更

1982年

河北通信工業株式会社を設立

1994年

携帯電話販売業を開始

1995年

株式会社マルツ設備を設立

1998年

リユース品販売業(FC事業)を開始

2000年

マルツオンラインを開店

2002年

電子部品専門店の全国展開開始

2003年

Linkman株式会社を設立

2006年

家電販売業を撤退

2009年

補聴器部門を営業譲渡

2010年

新館を設立し特機事業部・管理部(現、総務部)を移転

2011年

谷口電気株式会社(株式会社マルツ電波100%出資子会社)の株式を譲受

マルツエレック株式会社(株式会社マルツ電波100%子会社)を設立し、電子部品・PC販売部門を営業譲渡

丸通電子科技(香港)有限公司を設立

2013年

太陽光発電業を開始、第1号となるマルツ三国鐘場太陽光発電所を開設

2014年

株式会社エフ・アイ・テック(株式会社マルツ電波100%出資)の株式を譲受

2017年

もりもりバイオマス株式会社を設立し、木質バイオマス熱供給事業を開始

2018年

リユース品販売業(FC事業)を営業譲渡

株式会社マルツホールディングスを設立

2019年

福井水力株式会社へ出資

2020年

マルツモバイル株式会社を設立

2021年

マルツハイドロパワー株式会社を設立

2023年

越前吉野瀬川水力合同会社を設立

2025年

株式会社大阪航器の株式を譲受